至らない子ほど かわいい  〜お隣のお嬢さん篇



     7



今年は桜の開花も早いらしく。
それをうっかり忘れ去ってるほど
コロナウィルス騒ぎでドタバタのさなかな現世なのはさておいて。
(1月末から始まって もう4月だもんねぇ、早いなぁ。)
そんなこんなは 当然まったく波及してないヨコハマは、
素っ気ないばかりな冬の潮風も随分と緩んでの早々と、
3月に入る前という記録的な早さで春一番が吹いたばかり。
街角のカフェでも、本来はまだまだテラス席は早い時期のはずが、
路面店が競い合うように幌やらパラソルやらを引っ張り出して、
街路樹の下へテラス席を増やしているほどで。
そんなうちの一つ、ちょっとお洒落でランチの美味しい
日頃も贔屓にしている路面店の一角に座を占めて、
ぐんぐんと春めく陽気に浮かれたのように
同席する相手もないのに笑みをこぼす美女が一人。

 「♪♪♪〜♪」

待ち人があるのが楽しくってしょうがないのを隠しきれてなく、
俗にいう駄々洩れ状態なのがともすれば微笑ましいほど。
もうお判りですねの包帯巻き巻きな女傑、
みんなの治おねえさんが、
愛しい年下の恋人さんと待ち合わせの段であり。
昨夜のひと騒ぎの後、
軽く仮眠してから電子書簡で此処への呼び出しの通知を送り付けた次第。

 “通話連絡だと何のかの言って断られちゃうかもだしねぇ。”

相変わらず、押しの強い周到さも健在で。
だがだが、そこはそう運ばねばまだまだ微妙に委縮が抜けてはない相手でもあるからのこと。
周到な手回しというよりも、サバサバ系なればこその気遣いのようなものだ。
というのも、

 『のすけちゃんって結構喋りますよ?
  それにお怒りの発火点低いから、す〜ぐ青筋立てるし。』

敦ちゃんに言わせるとそんな彼女だそうだが、それはある意味 限られた相手へのもの。
気の置けない間柄になった、若しくは遠慮の要らぬ相手だから つけつけとした物言いをするのだし、
そうだと気づけるから…と言うより、そこもまた遠慮しないから沸点が低い態度になっているだけのこと。
つまりは、あのお澄ましさんたら敦ちゃんにはかなり気を許しているということで、
お互いの休みである非番を何とか合わせては、
一般人に成りすまし、ウィンドウショッピングや映画に行こうと
街へ繰り出しているというのだから推して知るべしというところかと。
実際、そんな話を聞いた私でさえ “は? それって誰のことだい?”とついつい訊き返したほど、
日頃のあの子の印象といやぁ、およそ十代を卒業したばかりな少女とは思えぬほど、徹底して寡黙で寡欲で。
冷静を通り越し、冷淡そうな無表情が常なほど、感情の起伏が滅多に見られぬ人物ではあるが。
それでも風貌だけを見る分には申し分ない美少女だ。
柔らかな猫っ毛なために手入れを尽くしている黒髪がいや映える、冴えた白さの際立つ瑞々しい肌。
すべらかな額や頬に、肉薄だが強い意志に象られた凛々しき口許は、
高潔で禁忌的な美をたたえた顔容を作り出し。
折れそうな痩躯には、見目の可憐さを裏切ってそれはしたたかなバネをひそめつつ、
そこは胸を張っちゃあいけないが
命のやり取りという容赦のない物騒な生業の中で身に着けた身ごなしのいちいちへ、
繊細にして優雅な機能美を染ませており。

  そうまでずば抜けた色々を取り揃えた美少女の

最も印象的なところというのが、双眸に据わるそれは鮮やかな漆黒の瞳だろう。
あまりの怖さに覗き込むのが憚られてか、そこまで気づいている者は少ないが
光の加減や当人の感情の変化により、
硯石のような深い闇色に沈んでいたり、射干玉の宝玉を思わす潤みに輝いたりと、
表情以上の鮮やかさで、彼女の内面を写し出すところでもあって。
それらが凛といや映える、毅然とした姿勢や透徹な佇まいから。
果敢で苛烈な性格なんだろと誤解されがちだが、実は そうそう自分が自分がと前へ出てゆく性分じゃあない。
冷淡そうに見えなくもないとされている鋭角的な風貌を大きく裏切って、
実は実は…心優しく無垢で真っ直ぐな、他に類を見ないほど生粋の “ヲトメ”であり。
殊に この頃は、誤解や錯綜に絡まりまくっていた元上司の姉様への、
素直な憧れやほのかな恋心を意識しだしたばかりな身でもあり…

 “…なぁんて私が言うと、何を臆面もないことをって話になるのだけれど♪”

いい歳した大人が、開けた場所で思い出し笑いでついついやに下がるというのは
あんまりみっともいいことじゃあなく。
先に着いてたところからオーダーを通していたコーヒー、
ほんの2口3口だけ味わったそのカップの縁を輪郭辿るよに指先で撫でておれば、

 「遅れまして申し訳ありませぬ。」

萎縮を孕んで震えてこそないものの、まだどこか及び腰な口調での声がした。
どんな群衆の中にあってでも私がこの子を見過ごすはずがなく、
実はもっと早くから気づいていたけれど、

 「おや、気づかなかったよ。」

気にしてないない、どうぞお座りと、
指を揃えた手を伸べて、向かい側の椅子を示して“座れ”と促してやる。
そうでもしないと言われるまで立ちん坊をしかねないのは、かつて部下だったしきたりの名残り。
そんな幅の狭いお行儀しか仕込めなかったのは自分が悪いのだが、
時々それへ苛立ってしまうのは、いつまでもいつまでもそういう間柄なのが歯がゆいからで。
我ながら未練がましい言いようじゃあるが、
せめてもう半年でも余裕のある出奔であったならと、切迫した失踪を為した当時を恨んでしまう。

 まあ、それはさておいて。

昨夜のドタバタなぞどこ吹く風と、素知らぬ顔して昼間の街なかで待ち合わせ。
タイプの違う、でも双方ともになかなかにずば抜けた級の美人同士が、
昼間ひなかのカフェの一角で向かい合う。
片やは新進の弁護士ですといっても通りそうな、いやに鷹揚な態度の存在感あふるる女傑で。
男性が羽織りそうなデザインの長外套を、座っていても察せられる長身へ無理なく着こなし、
ストライプの入ったワイシャツに、テーラー仕立てだろう内衣やループタイも勇ましく、
セミタイトスカートで膝までを覆った麗しの御々脚には黒ストッキングにハイヒール。
知的な冴えに満ちた顔容は朗らかに笑っておれば取っつきやすそうだが、
ふと目許を細めて意味深な様相になれば
何か機嫌を損ねるようなことをしたかなと居心地が悪くなるような、
そんな方向での威圧を感じさせるような奥の深そうな美人様。

 そして

明らかに相手へ恐縮しているような へりくだりを態度に滲ませているもう片やは、
先に述べたような陶貌人形もかくやというよな美少女であり。
一見すると文系の女子大生風、
今日は陽だまりの中だとホカホカ温かいほどに いいお日和なので、
Aラインの大人しめな外套もさほど重そうではないジャケット風のそれで。
その下にまとっていたシックなデザインの濃紺のアンサンブルだけでも十分なくらい。
気の早い就職活動なんだろかと思わせるような、
大人しいというのとは微妙に一線を画した折り目正しき静謐さをまとっているのは
間違いなく相手への引け目あってのそれながら、
されど、卑下しきっている及び腰かというと そういう印象はない。
目も合わせれらないほど、そんなまで委縮し倒していては
却って “私のせいか”と逆ねじを食らいかねない理不尽を覚えているものか、
いやいや、今日の逢瀬の下敷きがちょっと訳アリだからそんな様相なのであろうて。
日頃は結構マシになりつつあったはずだがと、
二人の相性を構築した今日までの色々のうちへ含まれよう
様々な錯綜をようよう知る 黒帽子の姉様が同坐しておれば、
今日もまたややこしそうな逢瀬のようだ…と閉口したに違いない。

 「良い子にしていた?」
 「? あの…はい。」

さほど繁華街ではないよな場所なので、平日のお昼前という時間帯では さして人目もなくて。
好奇心からの衆目を招いてやまぬというほどではないが、
それでも視野に入ればそれなりに、関心を集めないではない麗しどころの顔合わせじゃああり。
だというにどこかおどおどしているよに見える片やなのは、
いまだにそういう気構えが抜けぬ相性だからだろう。
しかも、あのような騒ぎの後での呼び出しだけに、叱責は免れられぬという自覚もあって。
今のもどんな裏のある声掛けかを把握しかねて曖昧に応じ、細い肩をすくめておれば、
通りかかったウェイトレスへ軽く手を上げ、ミルクティをオーダーして下さった姉様で。
それを見送ってから、おもむろに視線を向けて来たのへ何かしらの始まりを予感する。
柔らかな笑顔はそのまま、されど口にしたのは間違いなく、昨夜のあのきな臭いやり取りの続きであり、

「まず。別に森さんへの忖度とかあっての差配じゃあないけれど、
 貴方が何をしたのか私は知らないってことにした。敦くんも同意してくれている。」

今回の通り魔騒動の真相を早々と掴んでおきながら、
なのに“証拠がない”云々と この策士様が虎の姫へ言っていたのはその点で、
マフィアとのかかわりがあってピンと来たに過ぎないのだという勝手な解釈を持って来て、
公の文書に記載出来る推量やら、同僚たちを納得させられよう捜査への融通がとんと働きませぬとし、
他の社員がどうするかは知らぬが、とりあえず自分と虎の少女は口をつぐむことにしたと。
ややぼかした言いようで当人へ伝える太宰であり。

 「それは…。」
 「このくらいは察しなさい。」

異能を証明できない市警にならうのは調子がいいかも知れないが、
誰がやらかしたことなやら、私らの捜査では証拠までは掴めませんでしたと言い通すことにしたと。
そしてそれは 決してマフィアの首領への忖度でもなけりゃあ、
自分と虎の子しか知らぬ話で 探偵社の総意でもないよとし、

 “まあ、乱歩さんなら とうにこんな実情にも気が付いてたかもしれないけれど。”

理性や知慧が勝さるあまり、
女全般が感じよう噴飯ものな背景もつ被害者だったなんていう真相は二の次にしかねぬお人じゃあある。
それでなけりゃあ名探偵とは言えないのだろうが、
推理の冴えと、その後をどうたたむかは別物ではなかろうか。
昔はどうあれ最近は情のある采配も増えているそうで、
まま、問答無用で相手を切り裂いて薙ぎ払って回ってたこの子の行為は、
十分に物騒で 情とか云々言える代物ではないかもしれないけれど。
それにしたって異能かかわりな暴虐であるがため物的証拠は皆無で、
天才知将のアクロバティックな解説抜きでは導き出せない真相だろうし、
容疑者の動機が 探偵社の誰かさんを思う余りという点を添えねば やはり辻褄は合わない報告にしかならぬので。
山ほどの錯綜を抱えているばかりで、そこを紐解いたとて ほぼ何の益も無さ過ぎな代物だと気づいた時点で、
こんな下らぬ案件なんか市警に任せよと、乱歩さんも面倒臭いとばかりに匙を投げるだろう公算は高い。
そこへ便乗し、裏社会の誰かさんが鬱憤溜めてて暴れでもしたのでしょうと、
進言するに しくはないなんて構えている太宰嬢であったりし。
探偵社の総意や方針ではないながら、自分はそういう構えだよと告げた上で、
持ち上げたコーヒーカップの陰からおもむろに付け足されたのが、

「連絡を絶っていたんですってね。
 それでって敦くんへ探りを入れてたらしい中也にも呆れられちゃってたみたいだけれど。」
「……っ。」

ポートマフィア側とて、突然降って湧いた通り魔事件へは彼らなりの調査を始め掛かっていたようだが、
それより先んじて、白虎の姫が親しくしている姐様幹部が案じていたこと、
そこまでの範囲で既に把握されているのだよと暗に告げてから、

「ン年前、私への当てつけであちこちの廃ビルを爆破し倒してたことを思い出せば
 有りかなとも言っていた。」
「……。///////」

此処で思い違いをしちゃあいかんのが、マフィアだから何やってもいいということはない。
対象や周囲への圧倒的な威嚇も兼ねてのこと、
コトの収拾に鏖殺含むの非合法なやりようを持ってくるのが常套だとはいえ、
無闇矢鱈にやらかせばどこかで思いもかけず足が付くやもしれないし、
何より上からの命令でもないのに勝手をやらかすのはそのまま謀反とされかねぬ。
恐持てであることへの必要な残虐さを越え、マフィアとしての恩讐に一縷も絡まない殺生は、
いくらそういう組織でも、度が過ぎると叱責されこそすれ望まれはしない。
なので、この子が指名手配犯になったのも 敢えて庇ってはない首魁様なのだろうし、
当人もそこは納得しているらしく。
こたびの騒ぎの主犯として突き止められても、
そこは自業自得で犯歴が増えるだけと腹をくくってもいるのやもしれぬ。
無論、豪気なことだと褒めてやる筋合いではないので、

 「ますますと現行犯じゃあないと逮捕できないって立場じゃなくなっただけだとか、
  軍警ごとき撒くのは苦じゃないなんて思っているのかも知れないけれど。
  下層のチンピラ構成員じゃないのだから、
  自分で自分の首を絞めるのは得策じゃあないとそろそろ自覚なさいね。」

 「……はい。」

元上司であり、裏社会のあれやこれやを叩き込んだ最初の師匠として、
こたびの騒動の反省点をそれなりの言い回しで告げ、

 「これ以上は、
  部外者な私が進言するのは筋違いなので何とも云う気はありません。」

突き放すような文言だが、そろりと視線を上げた黒獣の覇者さんへは、
口許へ弧を描き、ふふーと笑ってやる姉様で。
事件の真相は昨夜敦ちゃんへも語った通りで、
他人の姿を自身の身に降ろせる異能を持ったお嬢さんが、
男衆を舐めてかかっていたが故の手痛い暴行を受けかかっていたところへ
この黒獣の姫がたまたま通りかかってしまったという巡り合わせが引き金になってた事件であり。
遠目だったし、自分が駆け寄るわけにもいかぬと妙な遠慮を挟んだものだから、
それで人を取り違えていたことにも気づかなんだのだろうという、通り一遍な勘違いをしたのが初端だと。
一通りの解説を兼ねて連絡したところ、
中也もなるほどなぁと感に入ったような声になったものだから、

 『相変わらずのポンコツぶりだよねぇ』

マフィアの短絡さを
どっちかといや今現在の保護者しっかりしなというこじつけから非難しかかれば、

 『言っとくがな、手前に責任がひと欠けもないとは言わせねぇ。』

確かに好いてた手前を取り違えるなんて凡ミスもいいところ、
けどな、いなくなったままだった間、恐慌状態が収まってもしばらくは、
街角で長外套をひるがえしてるような女や
出奔直前の手前と同じで髪が腰まで長い女を見かけるとついつい視線で追ってたぞと。
馴染みのバーのカウンターで、
一応並んで腰かけつつも、視線は合わせないままに、
あそこまで手前にだけ一途な子を放り出しといて偉そうに言うんじゃねぇと蓮っ葉な声音で言い返した女幹部殿。
とはいえと、話の舵を切り替えるように短く吐息をつくと、

 『まだまだ偏っちゃあいるが、それでも何年経ったと思ってる。
  十代は未熟だとか脆弱だとか決めつけてないか?
  マフィアなんてな歪んだ函の中に居ながらも、ちゃあんと成長だってしてるんだぜ?』

アタシや敦には強がらずに頼るって恰好で甘えもするよになったし、
そんな甘えの延長か、自分へ凭れてほしいと頑張ってもいる。
陽のあたるとこに居る敦にでさえ、かつてはただただ憎んでた敵愾心の的だったはずが、
傷つくところは見たくないと手を延べて庇うほどにな。

 『手前にだって頼ってほしいと思ってるんだ。
  だが、それはこっちからは出来ねぇと自分に言い聞かせ、
  例えば こたびみてぇに手前自身へ言わないで遠回しに手を付けちまったのは何でだと思うよ。』

そんな手はずだったからこそ、勘違いの人違いをしていたのでもあるが、

 『それはあれだよ。私がおっかないから。』

昔なら容赦なく殴られてた躾けのせいで僭越なことが出来なんだあの子だったろうし、
今は今で、はっきりくっきり自惚れて言うんだが
私に嫌われるのが怖いからとご機嫌を窺ってしまうのだろうねと、
それもまた焦れったいことだけどと鼻で憤慨の息をつきつつ応じれば。
それへこそ ハッと短く付いた吐息で叩き伏せられ、
カウンターに置いたままだった煙草のケースを手にし、
もの慣れた所作で紙巻を一本咥えると穂先へ危なげなく火を灯したマフィアの女傑様。
最初の紫煙をふうと吐いてからおもむろに言ったのが、

 『やっぱ手前は進歩のない阿呆だな。』
 『はぁあ?』

阿呆と言われては黙ってもいられない。
単純明快な大猩々の脳筋に言われる筋合いじゃないと反駁しかかった機先を制し、

 『見当違いもはなはだしいからだよ。』

呆れたような語調で吐き出す中也であり。
まさかに本気で言ってんのか?
アタシ相手に本心言えねぇって誤魔化しならともかく、と、
忌々し気に細い眉をぎゅうッと寄せて見せ、

 『叱られるのが怖いから? 何を偉そうで進歩のねぇ思い違いしてやがるかな。
  芥川にしてみれば、
  自分ごときが手を貸すと 手前の自尊心を傷つけるんじゃねぇかと思うから、
  判りやすい手助けは出来ぬと思ってやがるんだよ。
  昔よか ずんと大人になったと思わねぇのか?』

 『う…。』

手前が不機嫌になって、反動で憎まれるくらいは今更厭わないが、
手前が傷つくのは耐えられないって思うから、確認とらずの特攻になっちまったってだけだ。
なもんだから、こんなややこしい遠回しな敵討ちって暴挙になっちまった。

 『その違いくらいは分かるよな?』
 『うう…。』

才走って情を大事にしねぇ、少なくとも小馬鹿にしてきた手前でも、
そういう大外回りからの気配りってのが大半の人間にゃあ どんだけ暖かくて尊いかは判ろうよ。

 他でもない、アタシに言われてちゃあお終いだよ?、と

途轍もないダメ押しをされ、
他の時ならいざ知らず、この場で“それ”をいじるほどの莫迦でなし。
ぐっと息を詰めるようにして、反駁も出来ぬまま沈黙するしかないと口を噤んでおれば、

 『まあ、
  その挙句 自分が至らないって思っちまうところは、確かに成長してねえとしか言えないが。』

そうと語調を緩めた黒帽子の姉様だったのへ、

 『…そんなことないだろう。』

ぽつりと呟くように言い返す。
おや、さすが頭の回転は速いな。違うって判るか?
もっとも、人の気持ちまで操ってた奴だから、そこいらも理屈として判りはすんのかな?なんて、
直情型で、でもだからややこしい当てこすりをしない彼女なだけに
ズバリ言われたぐらいだってのにね。
何とでも言い逃れ出来ように何故だかぐうの音も出なくなるのは、
言われてないことまで勝手に先回りするせいもあろうけど、それにしたって。

 “自業自得かなぁ。”

頭の回転が速くて数歩先まで見透かせること、自惚れていると思わぬ落とし穴にはまるときがある。
大事にしたい人がいて、助けてもらってるのだという自覚が多少なりともあればこその実感だろうに、
そういう殊勝なことは思わないまま、
自重しないとなぁなんて、やっぱり明後日の方へと反省してしまうところが
嫌な女と言われてもついつい周囲が助けてしまう、
可愛げというか、間の抜けようなのかもしれなくて。(おいおい)

 「ま、そんなこんなはともかくだ。」

運ばれてきたミルクティー、さあさ飲みなさいと視線と笑顔で勧めつつ、

 「可愛らしい装いで来てくれてることだし。今日はどこへ出向こうかしらね。」
 「はい?」

騒動自体も終わったことだし、
今日はどうやって過ごそうか、デートには絶好のいいお日和だしと、

 「それともなぁに? まだお説教されたいの?
  私というものがありながら、
  どっかのお姉さんに脇見したわねとか筋違いな嫉妬からいじられたいのかな?」

 「あ、いえ、あのっ!」

揶揄へと畳みかければ、何が言いたいか さすがに通じたか、
あわわと慌ててから、雪のように白い頬を真っ赤に染めるところなぞ、
一旦別れてのあれこれと、ややこしい紆余曲折があったからこそ拝める身になれた眼福には違いなく。
今日は何とか暖かいお日和が盛り返した中、
黒髪を陽に温めて、含羞みにもじもじしだす愛し子の様子へ、
うくくと笑ってご満悦の態を見せる、包帯策士のお姉様だったりするのであった。






   ◇ おまけ ◇



「ちょっと思ったんだけど。」
「はい?」
「私たちが男衆の世界線では、何が起きているのかなぁって。」
「…それは。」

そういうメタ発言をしないでというに。(笑)

「もしかして向こうの太宰氏は、痴女に逆恨み受けて痴漢の冤罪でも受けてるのかしら。
 そんな屈辱を受けた師匠なのが許せないと、
 向こうの のすけちゃんは遊び女相手の辻斬りを敢行とか?」

「……っ☆」

 …うわぁ、サイテー。









     〜 Fine 〜    20.02.28.〜04.09.


BACK


 *一番書きたかったのがこの章です。至らない子が可愛い太宰さん。
  でもって、実はそんな太宰さんも十分に至らない部分があって
  そこを中也さんや 時々は屈託のない敦ちゃんにまでフォローされているというか。
  此処までに至るのにこんだけ前振りが要る面倒な私も十分至りません。
  お膳立ての要らない「書きたいところだけ」をまた書いてみようかな。